第3回 対応すべき案件を選ぶ:要望を集め,工数を概算する

利用中のソフトウエアを改造する動機はいくつかある。第1回で見たように,改造作業にはリスクがある。不必要な改造はできるだけ避けたい。案件の種類を押さえた上で,選別するための作業フローを確立しよう。

 案件は大きく,二つのタイプに分けられる。一つは,バグの修正に代表される「無条件で行うべき改造」である(図1の上)。法改正や税率変更といった,対応しなければ業務が成り立たなくなる環境変化も,このタイプに入る。


図1●改造案件の種類
改造案件の種類改造案件には,バグの修正や法改正への対応といった,たとえ多大なコストがかかろうと避けて通れない案件がある。一方,利用部門からの要望の中には,「部門最適」や「趣味」などが混じっていることも多い。そのため,費用対効果の観点から案件を選ぶ仕組みが欠かせない
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 バグは,あるとき急に出てくることもあるが,多くはシステムを稼働させた直後にまとまって出てくる。住友林業で基幹システムの構築に携わってきた情報システム部の宮下氏は,「バグなのか仕様変更なのかグレーなものを含め,初期のバグ対応は稼働開始して3カ月から半年で落ち着く。これらは新規開発後に必ず出てくるものとして,あらかじめ対応コストを見込んでおくべきだ」と話す。

 一方,システムが安定した後に利用部門から出てくる要望は,「選別すべき改造案件」と言える(図1の下)。「新商品/新サービスの追加」「ユーザー・インタフェースの改善」「業務フローの変更」など様々な要望が上がってくる。しかも,“システムを利用中”であるため,寄せられる要望は経験に裏打ちされている。新規開発に比べて案件は具体的だ。こうした案件をうまくさばくことが,ソフトウエア改造を成功させる第一の仕事である。

案件選別に必要な三つの機能

 どの案件を実施するかは,システムの利用部門と開発部門が協力して決める。この作業をスムーズに行うために,作業フローを確立する。作業フローには,(1)システムへの要望を集める,(2)案件をこなすための工数を概算する,(3)概算した結果から実施するかどうかを判断する――の三つの機能が必要である。

 (1)の要望の多くは,利用部門から依頼事項として出てくる。図2のミサワホームのように所定の依頼書を用意して,「依頼内容」「背景や目的」「期待される効果」などを利用部門がまとめる形が一般的だ。ただし,INAXのようにオンラインで,利用者個人の要望を受け付けている例もある(図3)。


図2●ミサワホームが案件を選別する作業フロー
(1)利用部門が依頼書を作り,(2)情報システム部門が案件ごとに工数を概算する。利用部門は,概算の結果から,(3)実施するか否かを判断。工数が20人日を超える案件を実施する場合は,利用部門が効果を評価するための資料を作成し,費用対効果を見極める
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図3●INAXはオンラインで要望を集める
2004年4月のリニューアルを機に,受注システムへの要望を利用者がいつでも社内ポータルから投稿できるようにした。「検証ポスト」と呼ぶこの仕組みを通じて,これまで約850件の要望が寄せられた。利用者の生の声を集められることがメリットだ
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 同社では,受注システムに対して「検証ポスト」と呼ぶ社内サイトから,要望を投稿できる。寄せられた要望に対しては,情報システム部門の担当者が返事を書く。2004年4月からこの仕組みを運用してきた情報システム部の松中氏は,「のんびりしてると利用者にすぐに書き込まれるので,対応が早くなった」と苦笑しながらも,「利用者の本音を改善につなげられる」とメリットを強調する。

基準超えで費用対効果を厳しく

 利用者の要望に対して,(2)開発部門で作業工数を概算する。もちろん,その前に要望の中身を見て,業務上およびシステム上の整合性を検証しなければならない。利用部門は「部門最適」で要望を出してくる傾向があるため,改造による他部門への影響が見えていないことがある。

 例えばミサワホームでは,「ある部門から,資材の運賃計算の基となる“面積基準”を変えたいという要望が寄せられた際,他部門への考慮が欠けていたことがあった」(松尾氏)。面積基準は,値引きの計算などにも使っているため,一部門の都合で変えられる代物ではなかった。松尾氏は「そのときは依頼元に依頼書を返して,他部門との調整をお願いした」。

 システムの面では,稼働から年月を経ると,当初の開発ポリシーを崩すような要望が出てくるという。こうした要望に対して加納泉氏(情報システム部 基幹開発グループ)は,「当面は今のポリシーを守っていきたい。それができるのは我々,情報システム部門だけ」と考え,ポリシーが骨抜きになることに歯止めをかけている。

 このタイミングで作業工数を概算する目的は,費用対効果を判断するためのネタを利用部門に提供すること。ウインタートウル・スイス生命保険では,「見積もり/要件分析」「設計/開発/テスト」の工数を,社員と協力会社に分けて記入している。

 工数が膨らむ案件は,実施するかどうかをより厳しく見極めたい。そのために,工数に一定の基準を設けるケースは多い。基準を超えた案件には別途,費用対効果の算出を求めるのだ。ウインタートウル・スイス生命保険では,工数が40人日を超す案件について正式な依頼書を提出する際,利用部門は費用対効果を算出した「評価票」を添付しなければならない。ミサワホームでは20人日が,大成建設では100万円が,この基準に相当する。

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